2016年6月4日土曜日

トランプ・サンダース旋風に関する考察(1)

ABC Newsより
当ブログでは昨年末「トランプ氏は失速する」という記事に於いて、ドナルド・トランプ 候補の政策はアメリカ建国・憲法の理念と相反するが故に、彼の人気は失速するとの見解を述べた。ところが、その後失速するどころか、氏の人気は加速し、今となっては事実上の共和党大統領候補となった。直近の調査では民主党のヒラリー・クリントン候補を上回る程の支持を集めているという
また、民主党に於いても元ファーストレディーで自らも国務長官を務めた実績抜群のクリントン氏が圧勝と思われていたにも関わらず、「社会主義者」と自称するバーニー・サンダース候補が猛烈な追い上げを見せた。追い上げを振り切りつつあるクリントン氏が民主党候補に指名されることはほぼ間違いなくなってきたが、トランプ氏と一騎打ちとなる11月の本選挙を考えるとサンダース旋風を無視するわけにはいかず、クリントン氏もサンダース氏の主張に引っ張られた形で政策を軌道修正することが考えられる(既に同じ民主党のオバマ大統領のレガシーと成り得るTPPには反対と表明した)。本稿では、当方の見通しの甘さを自省すると共に 、なぜハチャメチャな主張を繰り返すトランプ氏や「社会主義者」を自称するサンダース氏が人気を集めることができるのかを考察する。


トランプ・サンダース旋風の土壌
トランプ氏とサンダース氏の支持層はいずれも低〜中所得者層だ。一見、全く異なる政策を掲げているように見えるが、両者共に言えるのは反エスタブリッシュメントを旗印に掲げていることである。トランプ氏が不法移民・外国人排斥・対外干渉縮小というような外の敵を叩く形で反エスタブリッシュメント(≒弱者救済)を実現すると言っている一方で、サンダース氏は所得の再分配の加速によって同様の目的を果たそうとしている。従って、両者の支持層をより深く観察することで、トランプ・サンダース旋風が起きているのはなぜなのかに迫ることができるだろう 。では、アメリカの低〜中所得者層に一体何が起きているのだろうか。


1.世代間格差の広がり
グラフは、Economist誌からの抜粋だが、1989年並びに2009年を基準として2014年までに米国の各世代世帯主の所得がどの程度変化したのかを示している(インフレは考慮済)。この結果は衝撃的だ 1989年比だと、65歳以上の高齢者層の所得が30%近く上昇したのに対し、55歳〜64歳は10%弱の上昇に留まり、54位歳以下となるとマイナスに転じている。日本でも世代間格差が問題となっているが、アメリカでも極めて激しい格差が生まれているのである。これ故に、大学の学費を払えない若者や、不況が一度くれば即露頭に迷う恐れのある若者・中年が増加し、社会に対して不満を持つこととなる。(なお、2009年〜14年は対象年数が少ないことに加え、全世代が少なからずリーマン・ショックの影響を受けているはずなので、あまり比較対象としなくても良いだろう)
Economistより


2.階層間格差の広がり
次の表は1998年から2013年の間の、米国に於ける各階層の所得の変化を示している。全体(All families)としては20.8%のマイナスであり、低所得者層(Lower class)は26.5%、中所得者層(Middle class)は19.1%それぞれ減少している。労働者層(Working class)に至ってはなんと52.7%の下落である。ところが、唯一上昇している層があり、それが富める上位10%Top 10%)で、74.9%の増加と他を全く寄せ付けない上昇幅を見せつけている。2011年に起きた「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall  Street)」運動では”We are the 99%”がキャッチフレーズとなっていたが、それが事実であり、しかも階層間格差は現在進行形で拡大していることが統計的に明らかにされているのである。この格差はもはや個人の努力で逆転できるレベルを超えていると言え、結果富めない者の怒りは富める者、つまりエスタブリッシュメント層へ向かうこととなる。
Ian Bremmer教授Twitter(@ianbremmer)より


ここまでで、日本以上にアメリカでは世代間・階層間格差が拡大しており、それが社会不満の土壌となっていることが伺えるだろう。しかし、アメリカと日本で決定的に違うのは、その弱者がまだ力を持っているということだ。

老人の方が少ない人口構成
我が国で世代間格差が広がっても大きな政策変更が無く、若者を無視して高齢者優遇の政策が続けられるのは、良く知られている通り、高齢者人口が多い故に民主主義のルール上、若者が高齢者に勝つことが事実上不可能な為である(シルバーデモクラシー)。アメリカはどうか。次のグラフは2014年に於けるアメリカの人口構成を示している。先の世代間格差でマイナスに転じていた55歳未満と、プラスである55歳以上の人口の比率は約64である(なお、アメリカの大統領選選挙権は18歳以上の者に与えられている。それを考慮して55歳未満人口から18歳未満を除いたとしても、18歳〜54歳:55歳以上≒5654で依然、現役世代の方が人口が多い)。従って、日本と違い、アメリカでは選挙を通じて現役世代が老人達に勝つことが依然可能なのである。 言うまでもないが、階級間格差も然りだ。トップ10%層以外の全ての層が所得でマイナスに陥っているということは、彼ら残りの90%で圧倒的に数の力を行使できる。

CIA World Factbookより

ここまでの議論をまとめると、アメリカでは世代間格差並びに階層間格差がとてつもない勢いで広がっており、「老人」並びに「富裕層」を除く全ての階層が不満を抱える状況にあった。そして、彼らはその不満を民主主義のルールに則って爆発させるだけの数の力を持っていた。これが今回のトランプ、そしてサンダース旋風の土壌であったということは間違いないだろう。 (続く)

0 件のコメント:

コメントを投稿