2015年12月13日日曜日

トランプ氏は失速する

Wikipediaより
大統領選を来年に控え、アメリカは選挙関係のニュースで溢れかえっている。特に、共和党の目下トップ候補であるドナルド・トランプ氏はその歯に衣着せぬ発言で大いに話題を呼んでいる。12月頭に行われた演説ではイスラム教徒全体に対する入国規制を唱え、かなり波紋が広がっている。これまで、「問題発言」の度、支持を伸ばしてきた彼だが、今回ばかりは逆効果になると思われる。


私は、アメリカ国民のアイデンティティ は「自由 (freedom)」と「正義 (justice)」 に集約されると思っている。(数多く矛盾はあるものの)大英帝国の圧政と闘って自由を勝ち取り、奴隷を搾取から解放し、さらに世界各地の専制国家を打倒して人々に自由とその恵沢をもたらしてきた正義の国の民であるという強烈な自信があり、それが彼らのアイデンティティとなっている(なお、自由と正義は合衆国憲法前文にも明記されている)。この強固なアイデンティティこそが、人種間にある様々な違いを超え、 多種多様な人々を「アメリカ国民」として団結させる原動力となっていることは間違いない。

アメリカのように多民族国家を志向した国家は近現代史上幾つも存在したが、そのほぼ全てが民族主義に抗えず、瓦解した。チェコスロバキアやユーゴスラビアはその典型的な例である。ソ連はアメリカのようにイデオロギーを元に多人種をまとめようとしたが、その手段が弾圧によるものあった上に、ベースとしたシステム自体が欠陥だらけだった為に、維持し切れずに分裂した。大日本帝国も多民族国家を志向しながらも日本国民を優遇する「民族主義」に走り、結局多民族国家には成り得なかった。現在の中国も、55と言われる多民族を抱え、「中華民族」なる概念を掲げてまとめようとしているが、漢人が圧倒的に優遇されているのは自明であり、且つ今だに焚書坑儒ばりの言論弾圧を行っていることから、真の意味での多民族国家には成り得ないだろう。これを鑑みると、アメリカは、歴史上、多民族国家として成功した唯一の例と言って過言ではない。

アメリカ国民にとっての自由と正義は単なる政治的概念というよりは宗教に近い。譲ることのできない、絶対的な価値なのである。人種間で文化・外見等の違いがあっても、絶対的価値を共有する者同士だからこそ、人種を超越して団結してきたのである。よく、アメリカでは「スーパーマン」や「スパイダーマン」のような勧善懲悪の映画が圧倒的に多く、そしてヒットを重ねていることが指摘されるが、これも皆が自由と正義を絶対的価値として共有していることと無関係ではあるまい。


自由はともかく、正義とは非常に漠然とした概念である。だが、人々は明確に正義と不正義の境界に関する判断基準を持っているようで、その一つが差別についての判断だ。MBAの議論に於いても主張が「politically correct」であるか否かが常に意識される。Political correctnessとは政治的・社会的に公平であることであり、人種・外見・障害の有無・宗教・信条等に基づく偏見や差別を認めない倫理的概念である。人種に基づく差別・偏見はこれに反する最たる例であり、特定の人種や文化に偏見を持った主張をしようものなら、politically incorrectということで一蹴される。

とは言え、アメリカ社会を見ると人種差別に起因する問題が日常的に報道されている。人種差別関連のニュースをテレビで見ない日は全く無い。例えば2013年に起きた白人警官による黒人射殺事件に端を発した「Black Lives Matter(黒人の命も大切)」運動はその後も度々起こる同様の事件やそれに対する反発を経て大規模社会運動に発展し、この運動家達Black Lives Matter ActivistsTIME誌のPerson of the Year 2015の候補に挙げられた(最終受賞者は独メルケル首相)。このように差別があまりにも日常的に起きている現状を見ると、political correctnessの概念は全く無力であるかのように見える。

しかし、真実はむしろ逆だ。確かに差別問題は日常的に起きているが、それは人々が 問題だと認識しているからこそ表面化しているのであって、もし認識が無ければ、そもそも問題として扱われることすら無いであろう。例えば、日本では最近タトゥーをした人の温泉・銭湯での入浴を認めるケースが増えているが、それは外国人旅行者の増加に伴って、従来の日本人と異なるコンテキストでタトゥーを入れている人々を拒否することへの問題が認識され始めた結果である。また、日本や中国・欧州等では人種差別の問題がアメリカ程多く発生していないように見えるが、それは単一人種が圧倒的多数を占めているが故に、そもそも人種間問題の件数自体が少ないからである。従って、アメリカの日常的な人種差別問題報道は 、人々の高い問題意識と、深く浸透した多様性との結果であると言える。


今回のドナルド・トランプ氏の発言 “We need a total and complete shutdown of Muslims entering the United States while we figure out what the hell is going on.(事態がはっきりするまでは、全イスラム教徒の入国を規制する必要がある)は、明確に特定の宗教・思想信条を持った人を差別する内容であることから、ここまで述べてきたアメリカ国民をアメリカ国民たらしめている価値と真っ向から対立する。従って、トランプ氏を選挙で選ぶことは 、国民がアメリカという国家の存在意義を根本的に否定することであるに等しい。実際、この発言にはホワイトハウスが異例の非難声明を出した他、同じ共和党内でも批判的な声が多々上がっている。メディアもリベラルなNBCNew York Timesだけでなく、日本で言う産経的なポジションのFoxも批判的である。さらに、外交専門誌Foreign PolicyCEOTwitter上で「今までの人生で一番胸糞悪い。トランプは非常に危険だ。」と痛烈な批判を展開した。


「メキシコが送ってくるのは、ドラッグ・犯罪にまみれた強姦魔ばかりだ」
「私が大統領になったら、シリアからの難民は送り返す」
「中国は我々の仕事や製造業等全部を持って行った。これは史上最大の窃盗だ」
といった具合に、トランプ氏は、これまでも歯に衣着せぬ発言を繰り返してきた。


これら問題発言を通じて名を売り、多くの批判を浴びながらも支持を高めてきた様子は「炎上マーケティング」そのものだ。結果6月の立候補表明直後は一桁台だった支持率が、12月には30%にまで達し、2位以下を大きく引き離している。非難されるリスクを覚悟でブレずに持論を発信して支持を集めてきた点は、ある意味見事だと言える。ただ、さすがに今回ばかりは問題発言のレベルが違う。”Make America Great Again”というスローガンを掲げながらも、アメリカの根本的な価値、そしてその偉大さを否定するような主張を掲げるトランプ氏を、アメリカ国民がリーダーとして選ぶとは思えない。

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