2020年5月11日月曜日

コロナがもたらすスポーツ界の変化



言うまでもないが、コロナ禍のスポーツ界への影響は甚大である。

世界的にプロスポーツ興行が止まり、多くの競技団体・クラブの財務が危機的な状況にある。数多飛び交う言論の中には、そもそもスポーツ興行とは観客が “密”となることが前提であることから、コロナ後の世界では従来通りの形では存続が難しいのではないか というようなものも見られる。が、私はそうは思わない。
むしろ、今回のコロナ禍では、人類が如何にスポーツというものが大切であるのかを思い知らされているというのが実態ではないだろうか。 “密”がコロナ禍中では危険とは言え、いつまでも続く訳でもない。これ故、私はコロナがある程度収束したタイミングで、再びプロスポーツ興行の現場は元通りになると思っている (もちろん、台湾職業棒球のケースのように、無観客 → 座席間隔を空けての集客 → 元通りのようにある程度のステップは踏むとは思う)。ただ、コロナで何も変わらないのかというとそうでも無いと思う。変わるとすればこのような危機への対応方法ではないか。



Source: Our World In Data

今回のコロナ禍には、グローバリゼーションとデジタライゼーションの進展が大きく影響しているという。国連によると全世界の国際旅客数はSARS騒動のあった2003年の7億人から2018年には14億人へと倍増している。人の移動の爆発的な増加の分だけ、ウイルスも広がり易くなった訳だ。また、ICTの発達により、世界のどの都市で何人の患者が出てどのような対策が取られているかというのをリアルタイムで把握できるようになったことで、その分各国で同じような反応が起き易くなる。欧米で都市ロックダウンが行われると我が国でもロックダウンを求める声が大きくなったこと等がこの典型例だ。全世界でドミノ式にプロスポーツ興行が止まったのも同じ原理と言えるだろう。


さて、このグローバリゼーションもデジタライゼーションも不可逆的且つ高速で進行中であることを踏まえると、今回のコロナ禍が収束したとしても、数年〜10年に一度程度同様のウイルス危機に襲われる可能性があると言えそうだ。実際、2000年頃からSARS (2003), 新型インフルエンザ (2009), コロナ (2020)と定期的にウイルス危機が訪れ、そのインパクトは大きくなってきている。

スポーツ界としてはウイルス危機の度に全面中断・財務危機に追い込まれるようではとてもではないが持続できない。従って、今回のコロナ禍を機にスポーツ界に変化がもたらされるとすれば、同様の危機の際にも全面中断することなく、事業を継続できる体制への転換ではないだろうか。新たなウイルス危機が起きた時、観客数を制限したり無観客試合へと切り替えたりしつつも、興行自体は継続して入場料以外の収入を増加・維持することができれば、全面中断による甚大なダメージを回避することができる。稼ぎは一時的に減るかも知れないが、そうやって窮地をサバイブすることができれば、危機が明けたときに飛躍する芽を残すことができる。Resilienceを高く持つということである。

これについては鹿島アントラーズが進めているアイディア等がヒントになるのではないかと思っている。

“入場料、物販など大幅な減収が予想される中、鹿島の小泉社長は「デジタルで収益化を図りたい」と説明。ネットで寄付を募るクラウドファンディング、選手の好プレーに対する投げ銭、オークションに加え、ウェブ会議システムを使ってクラブOBが試合を解説する「オンラインレジェンドシート」、テレビ観戦しているファンが応援する選手名をSNSに投稿するとスタジアムに反映される「オンラインチャント」、ゴール裏など複数角度の映像を提供する「マルチアングル」を新たなデジタル施策として挙げた(2020/5/9 中日スポーツ)

また、ソフトバンクホークスがかねてより進めていたVR試合観戦もまた一つの手段としてあり得ると思う。ファン心理としても、現地観戦ができないのは残念とは言え、全く試合がなくなってしまうのとでは雲泥の差だ。

オリンピックの延期やプロスポーツの中断等、スポーツに従事する者としても一スポーツファンとしても残念なニュースばかりが続いてきたが、スポーツが古代ギリシャから続く人類の最も長い伝統の一つであり、且つ「人間が自らの極限に挑戦する」というAIには絶対に再現できない崇高なものであることを踏まえると、一ウイルス如きによってスポーツの灯火が途絶えるとは全く思っていない。スポーツの偉大さや価値を思い知らされた今、我々は如何にしてresilienceを高め、それを持続的なものにしていくのかが問われているのではないかと思う。

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