2015年12月16日水曜日

巨龍の苦闘 中国、GDP世界一位の幻想


Amazonより
通産官僚として在中国日本大使館に駐在した経験を持つ気鋭の中国専門家・津上氏の最新著作。

習近平政権誕生以降の中国政府の動きを、内政という観点から説明。「極論はいらない」という帯の通り、「中国経済崩壊論」系の本にありがちな中国政府・社会・経済への偏見を一切廃した、ファクトベースの分析・論理展開が行われている。
本書ではまず大前提として中南海で左派(保守・国粋主義派)と右派(市場経済・改革・国際協調派)とのせめぎ合いが改革開放以降繰り返されてきており、それ故に中国の政策は振り子のように揺れ動いてきたことが示される。この上で、本書の論理の柱である著者提唱の中国政府の行動原理3法則が提示される。3法則とは
  • ピンチが来ないと、政策の舵を「右」に切ることができない
  •  政策を「右」旋回させるときは、「左」へ「補償」が必要になる
  • ピンチが去ると、政策を「左」へ戻す復元力が働く

である。中国政府の時に矛盾のある数々の行動は、この3法則を以って説明できるとされる。例えば、習近平政権になって強化された言論統制は、政権が経済とガバナンス改革に於いて「右旋回」するに当たっての左派への「補償」だと説明することができるというのである。

この3法則をベースに展開される内容の要旨は以下のとおりである。
  • 圧倒的な経済成長を背景に、BRICs銀行・AIIB設立や「一帯一路」等、非常に強い姿を見せる中国だが、実際は数々の問題を抱え、非常に脆弱である。
  • 既に経済成長に限界が見えている上に、猛烈な勢いの少子高齢化により2020年台半ばには労働人口がピークアウトする。この為、日本がバブル崩壊移行行ってきたような政府による景気下支えが必要になることは目に見えており、それによって財政が悪化することは必至である。現在は圧倒的に健全な中国財政も大きなリスクを抱えることになる。
  • 高いGDP成長率を支えたリーマンショック以降の地方政府による公共投資は不良債権化しつつあり、このまま形式上の高成長を志向し続けると、地方政府の財政が持たず、結局中央政府による救済が必要になる。これが顕著だと、やがて待っているのは中国経済の壊滅を意味するハードランディングであり、少しでもダメージを和らげる為、何とか地方政府の盲目的な投資を抑えなければならない。
  • しかし、「地方分権」が進み過ぎている中国では、それを抑える権力が無い為、ガバナンス改革をする必要がある。ただ、中央集権化によって全てを管理することは現実的でない為、地方政府がルールに基いて行動し、それを逸脱した時は責任を問われる状況、つまり三権分立に近い状況を作り出さなければならない。
  • だが、このような「右旋回」の改革をしようものなら左派が反発するのは必死である為、何とか「補償」をしながら、一歩一歩進めていく必要がある。ただ、既に成長は減速している為、時間がない。故に、習近平政権としては、左派が勢いづくような因子をなるべく取り除きながら、一刻も早く改革を進めたい。
  • 左派が勢いづく因子となり得るものの一つが外交だ。国民が中国の大国としての自信を強める一方、これまでそれに応える成果を見せることがあまりできてこなかった。成果とは二種類あり、一つが領土の「回復」等の対外紛争の解決であるが、これは国際社会での孤立を招くことは必至である他、ナショナリズムに火が点いて左派が勢いづくだけでなく、暴走を制御できなくなる可能性がある為、政権としてこれは避けたい。
  • そこで考えられるもう一つが、国際社会に於いて大国らしい発言力を持つことである。これに基づく行動がBRICs銀行・アジアインフラ投資銀行(AIIB)設立や「一帯一路」である。AIIBは日米を中心にブレトンウッズ体制への挑戦と捉えたり「新参者」を嘲笑ったりするような反応が見られたが、元々既存の枠組みであるアジア開発銀行に於ける地位向上を中国が希望していたのを両国が黙殺した結果であるとも言える為、好感の持てる反応とは言えない。また、ここで中国の国際社会での地位向上を妨げるような行動に出ると、中国にとっては対外紛争の解決による成果獲得に出るしかなくなる可能性がある為、むしろ歓迎し、国際社会にも望ましい形でイニシアチブを発揮できるよう協調すべきである。
  • なお、対日外交に於いても、一見、習近平政権は盧溝橋事件紀念式典開催や付随するスピーチ等に表れているように、 強硬に出ているように見えるが、これは安保法案等の日本側の動きをきっかけとしてナショナリズムが燃え上がることを恐れ、 先手を打って「政府もきちんと動いている」と国内を鎮めることが目的であって、本当に強硬に出ようとしている訳ではない。
  • 以上を踏まえると、中国政府の昨今の動きは、来るべき減退期に向けた備えという点から説明することができる。つまり内政的な意味合いが強いのであって、「中華民族の偉大な復興」や「覇権主義」というような表層的な観点で捉えると、物事を見誤ることになる。


本書は、一見一貫性に欠ける昨今の中国の行動原理を、マクロの視点から捉えて明らかにしている名著である。私にとっては、中国駐在中の体験や、継続して収集してきた情報等の「点」としての知識・感覚が、本書を読み進めるに従い、一気に「線」になるような感動を覚えた。「中国崩壊論」のような感情任せの情報が書店でもネットでも氾濫する最近では、実に貴重な冷静で且つ示唆に富む分析だと感ずる。

福島香織氏の、ミクロ視点からの数々の書籍と併せて読むと、中国の政治・社会に関する理解がかなり深まると感じる次第。


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