2014年10月31日金曜日

<受験6>TOEFL・GMAT



TOEFLは準備を始めてから3ヶ月程でトップ校の足切りラインである100点を超える102点が出た。そこでGMATの勉強に移ったのだが、これが全くうまくいかなかった。英語は、高校時代にアメリカに1年間交換留学をしていたこともあって、私はそこそこ自信を持っていた。TOEFLもそれ故に短期間でクリアできたと思っている。文法はあまり深く理解していなかったが、何となく感覚で意味を掴み、問題を解くことができていたのである。ところが、GMATVerbalセクションではその「感覚」が全く役に立たない。それもそのはずで、GMATは元々普段文法を理解しないまま「感覚」で英語を読み書きしているアメリカ人が、「正しい」英語を使えるかどうかを測る試験なので、「感覚」が通用するはずがないのである。文法を良く理解しないままノラリクラリとここまで生きてきた私には、これが大きな壁となってしまった。

まず2ヶ月間程、GMAT文法のカリスマ・吉井先生の個人塾Y.E.Sへ通った後に、初めてGMATを受けてみたが800点中530点という悲惨な結果に終わった(先述の通り、トップ校に合格するためには700点が目安と言われている)。その後、さらに1月をGMAT勉強に費やして再チャレンジしたが、550点までしか出なかった。都合の悪いことに、私は数学が大の苦手で、多くの日本人受験生が得点源とするQuantitative(数学)で稼ぐことも出来なかったのである。

私は20131月頭のセカンドラウンド(二次締切)での出願を考えていたが、GMAT550点を叩き出したのが201210月だ。もちろん、エッセイも推薦状も手を付けていないし、それどころか志望校すら定まっていない。さすがに焦った私は、何とかGMATを卒業しなければと考え、口コミを徹底的に調査の上、GMAT教育で非常に評判の高い濱口塾に入るべきだという結論に達した。濱口塾は兵庫の川西市にあるのだが、通わずともSkypeを通じて講義に参加することができる。また、GMATVerbalセクションにはSC(文法)・CR(論理的思考)・RC(文章読解)の3種の問題があり、Y.E.SではSCだけに絞って教えていたのだが、私はCRRCもボロボロだった為、3種を網羅する濱口塾が魅力的に映った。加え、週2回の講義だけではなく、過去の膨大な問題や解説、そして講義の音声データが生徒に配布される為、ひたすら勉強量を稼ぐにはうってつけだと思ったのである。

濱口塾に入ってからはひたすら死に物狂いでGMATの勉強をした。後ろ指を指されながらも、職場を夜7時か8時位に後にし、閉店間際の新宿のデパ地下で割引弁当を購入して家で即掻き込んでから過去問をVerbalQuantitative共に1回分ずつやり、答え合わせをした後に濱口先生に疑問点をメールし、早朝3時半〜4時頃眠るという生活を1ヶ月程続けた。GMATVerbalQuantitativeの制限時間がそれぞれ75分なので、模試をやる為には非常に時間が掛かるのだ。振り返ると、この時期がMBA受験で肉体的に一番辛かった。当然、日中強烈な睡魔に襲われる為、職場でどうしても耐えられない時は、オフィスのトイレに篭って5分程仮眠を取ってはまた席に戻るというようなことをやっていた。ある時、トイレの荷台(?)に横になっていつものように仮眠を取っていたら、荷台から転落して便器に足から着地してずぶ濡れになり、我ながら失笑した。ただ、このような肉体的な辛さがあっても、受験前の目標を失って辛い思いをした時期と比べると、目標に向かって毎日前進している感覚のあるこの時期の方が余程充実しているように感じた。

ただ、辛いことも多々あった。後ろ指を指されるようなことはどうでも良かったが、この頃はありとあらゆる誘いを断らざるを得なかったからだ。特に、自分が新卒採用リーダーだった時に内定を獲得して入社した新入社員たちが、夜に私の家まで「飲みましょうよ」と誘いに来てくれたのを、理由も告げることができずに断るのは本当に辛かった。

結局、12月上旬に名古屋にまで赴いてGMATを受験した結果(出願締切の前の時期は東京・帝国ホテルのテストセンターが激混みになり、なかなか予約ができなかった。受験生の方は要注意)、1ヶ月半前から140点アップの690点が出た。700点まで到達すれば文句なしだったが、そろそろ時期的に限界だと感じた為、GMATは終え、エッセイに取り掛かることにした。

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