言うまでもないことだが、日本では屋外での飲酒が場所を問わず認められている。東京の中央区に住んでいた私は、仕事で夜まで働いたあと、佃のリバーシティや晴海埠頭で夜景をみながらしっぽりとひとりビールを啜るのが好きだった。ところが、国外に出るとそれが当たり前でないことを知る。
例えば、(自治体によって色々と異なるところはあれ) アメリカやオーストラリアでは公共の場での飲酒は禁止である。シンガポールなどは言わずもがなである。アルコールのライセンスを持つレストランやバーなど特定の許可された場所以外では飲酒は許されず、日本と同じノリでいると警察沙汰になりかねない。
最近、渋谷をはじめとした訪日外国人に人気のエリアで外国人観光客が路上で缶ビールやストロング系チューハイを楽しんでいる様子をよく目にする。どうやら、公共の場で堂々とお酒を楽しむというのが、日本ならではの新鮮なアクティビティとして認識されているようなのだ。我々日本人からすると、わざわざ日本に来てまですることなのだろうか…と思ってしまうが、自国ではできないからこそ彼らは価値を見出すのであろう。
また、スポーツ観戦の場でも、我が国であればスタジアムの自席で飲むのが当たり前であって、プロ野球を中心に売り子がビールを席まで運んで来てくれ、観戦体験に趣きを添えてくれる。アメリカやオーストラリアも、売り子まではいないものの、自席で飲酒を楽しむことができる。ところが、例えばイングランドやスペインでは、私が行った限りでは、飲酒はスタジアム内の特定スペース (コンコースや売店など) でしか許されておらず、席で飲むのは禁止であった。ハーフタイムにカウンターに並んで買い、急いで飲み干して慌てて席に戻らなければならないので、趣きもなにもあったものではない。
なぜ、国によってこうも違うのか。私は、社会における信頼醸成が影響しているのだと考えている。和を重んじる日本では、公共スペースで飲酒をしたとしても、極力他人に迷惑を掛けないよう努めることが大前提であり、当然の規範として社会的に共有されている。そのため屋外での飲酒によって治安が著しく悪化した例なども聞いたことはない (もちろん、治安悪化とまではいかないものの、駅や電車内での嘔吐をはじめ、迷惑な行為は多々ある)。
ところが、これが通用するのはあくまでも同じ規範を人々が共有しているからであり、多様性豊かなアメリカやオーストラリアでは必ずしも同じようにはいかない。様々な出自を持つ人々は各々異なる規範を持っているからだ。阿吽の呼吸が通じないのであれば、トラブルを防ぐためにそもそも一律禁止しておくのが合理的というもの納得できる (なお、イングランド・スペインのスタジアム自席での飲酒禁止は、フーリガンによる乱暴そんな狼藉が少なからず生じていることから、運営者側の目の行き届かないところでの過剰飲酒とそれに伴うトラブル発生をあらかじめ防ぐ目的があるとみられる)。
花見や夏祭などのお酒の存在を前提としている伝統行事はもちろんだが、毎週金曜日夜にJR有楽町駅のガード下が即席立ち飲み屋化したりするのも、エネルギッシュで私はとても素敵だと思う。これらのユニークな文化を将来に残していくためにも、規範を忘れずにお酒を楽しんでいきたいものである。

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